読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

半角スペースを入れたい病の進捗

 先日、下記の文章を投稿したところ、

半角スペースを入れたい病 - sawaccio

 

今日、id:Windymeltさんから言及の通知に気づいて驚いた。

うおぉ、これは・・・もしや「半角スペースを入れるなんて言語道断だ!全角と全角の間に挟まれて往生しろ!」という内容の御叱りでは・・・とビクビクしながらアクセスした・・・


見難い文章に半角スペースを入れる話 - Lambdaカクテル

 

怒られてなかった!それどころか非常に学びのある文章をいただいて、ワタクシは感謝 & 平身低頭の限りです。

 

先日の記事を書いた後で、「そういえば縦書きの場合、どうすりゃ良いんだ?」という疑問が浮かんで「うーん・・・よし!縦書きの文章を書く機会が来たら、その時に考えよう!」と、先延ばしにした課題がズバリ解決されたので、それが一番の衝撃だった。

なるほど「半字アキ」!

半角スペース病が狂人思考で無かった安堵感と、その筋の業界では確立したルールがあることも露知らず煩悶としていた恥ずかしさが入り混じっている次第がナウです。

もう絶望的な文才の無さから、ワタクシは文章を磨く努力をハナから放棄していて、文章術に関する本から逃げるように生きてきた。美大に行った先輩が読め!と置いていった谷崎潤一郎の「文章読本」も読んでない。しかしながら逃げてばかりも居られない事が わかったので、こちらの本もAmazonから届き次第、読もう。

日本語の作文技術 (朝日文庫)

日本語の作文技術 (朝日文庫)

 

 

この記事を書きながら、そういえば半字アキ問題って活字の問題だから、手書きの場合は読みやすさってコントロールできるよなぁ、でも実際コントロールしてるのかなぁ?昔の書を思い出すと、ひらがな同士が繋がっていたり、しなかったりしていて、そのあたり読みやすさの工夫なんじゃないだろか?などの疑問や仮説が湧いたので、軽く調べてみたら、興味深いサイトを発見した。


【たのしい組版】「明朝体:仮名篇」メイド・イン・ジャパンの仮名文字デザイン | 読みやすさの科学 | NEXT TO NORMAL

 

上記の記事中に、

平仮名が成立してからの流れのなかで、外すことができないのが「連綿」です。

連綿とは「つづけ字」のことで、二文字以上が連続して書かれる仮名文字のことを意味します。平仮名はアルファベットと同じ「表音文字」ですから、意味を取るには読者が記された文字を文節に分ける必要があります。連綿として書かれることで、平仮名は意味の連なりを示し、読みを助ける効果が得られます。ここに、分かち書きの萌芽を読み取ることも可能でしょう。

実際、いかにして連綿が生じてきたのか、決定的な資料があるわけではありません。しかし表音文字である平仮名は、アルファベットと同様につづりが重要であり、それに対応するように連綿スタイルが生まれた、そう考えることはあながち間違っていないのではないでしょうか。

と書かれていて、どうも連綿と分かち書きが、読みやすさに関係している可能性はありそうだ。

さらに、平仮名はスペースの問題を超えて、もっと自由なんだという話に、感動をおぼえた。

デジタル化されたインターフェイスを利用して文章を打つ場合、改行すると横書きなら左に、縦書きなら天側に、文字の位置はそろいます。しかし「高野切」では天にそろっているところもあるものの、3行目は少し下がり、さらに4行目は極端にさがっています。にもかかわらず、視覚的な調和が保たれ、むしろそれをここちよくさえ感じることができる。

仮名文字にしても、ひとつとして同じ形のものはありません。太さや濃さ、縦幅もまちまちです。行も垂直ではなく、微妙な傾きを孕み波打っています。

つまり、本来仮名文字とは、矩形から自由に、それこそ空間のなかを自由に踊るように、泳ぐように綴られていたのです。この伸びやかさ、空間におけるコンポジション、さらに連綿としてひとつづきに書かれることによって意味理解も促進できる。見方によってはすばらしく機能的であるとも言えるでしょう。

 

話が行ったり来たりして恐縮だけど、気になっていた半角スペース問題は、つまるところ文字組みの一課題で、Webでテキストを打つときに、本当はもっと文字組みをコントロールしたいけれど、ハナから諦めていることが多いことに、いま気づいた。

本当は、スペースを使って読みやすくしたりとか、「」や!などの記号を全角半角で使い分けてバランスを取ったりとかするだけでなく、もっと細かく、句読点のバランスとか、文中でのAlphabeのバランスとか、そういう調整を本当はしたいけれど(少なくとも普通にテキスト入力する場合は)できないことをわかってるから、意識下で素早く検討を却下している事実に気づいた。

 

それで、ワタクシは全く論理的な考え方が苦手なので、突飛な話をするけど、「書」という技能があって、「DTP」という技能があって、どちらも書き手(作り手)が、文章の見せ方を より高めるために能力は発達していったと思うんだけど、さて、Webができて、僕がいま こうして文章を書いているように、誰もが書き手になっていて、すると、じゃあ、Webで、Webならではの、文章の見せ方を高める技能ってのは、足りないというか、これからなんだろう、と考えた次第がナウです。

 

とりとめもない話になってしまった。

 

とりとめもないので、とりとめもないまま・・・今回、無知ながらもブログにアウトプットしたら、良い学びのフィードバックを得られるという、ブログの価値を体験できた。論理的な考え方も苦手だけど、文章を書くのも滅茶苦茶に苦手なので、まとまった文章を書く機会は少なかったけれど、もう少し書いてみようかなと思っている次第がナウです。